2025年8月、ブラジルの4ヶ所(リオデジャネイロ、バイーア州サルバドール、ミナスジェライス州オウロ・プレット、そしてサンパウロ)を訪問しました。いずれもサンバ、ボサノヴァ、MPBにゆかりのある場所です。少し長いですが興味のある方はご覧になってください♪
Rio de Janeiro
8月11日火曜
16時頃リオデジャネイロ・ガレオン空港に到着。事前に調べていたとおりに、コパカバーナまでのバスfrescãoを待ったが、30分以上待ってもバスは来ず、Uberタクシーを使うことにした。
ところがタクシーに乗車する瞬間に、スマホを地面に落としてしまったようで、車が走り始めてから気がつき、空港に戻ってもらった。乗り場付近を探したが見つからず、途方にくれて諦めかけているときに、運転手マルシアーノさんが係員たちに聞いたり電話してくれたりして、どうやらスマホは誰かが空港の落し物を管理する場所に届けてくれたことがわかる。
そこに行き、無事にスマホを回収することができた。突然の悪夢からの奇跡的な解決が信じられなかった。マルシアーノさんは「ブラジレイロ!ブラジレイロ!(これがブラジル人だよ!)」と叫んだ。あらためてブラジルとブラジル人の良さに感激した。
夕方、ガレオン空港からコパカバーナのホテルに到着。すぐにレナ先生に連絡し、地下鉄カタガーロ駅から電車でフラメンゴに向かう。フラメンゴ駅でレナ先生が改札口で待ってくれていた。
2018年からレナ先生にボサノヴァの歌を習っている。PC画面上では7年の付き合いだが、実際に会うのはこのときが初めてだ。
二人で駅から5分の、開業100年以上になるという老舗レストラン「ラマス」まで歩いた。8月のリオは思ったより夜が寒い。ラマスでは店の名物料理であるbolinho de bacalhau(タラのすり身を揚げた団子)と生ビールで乾杯した。



8月12日火曜
朝、コパカバーナの海岸とイパネマのRua Nacsimento Silva 107(トム・ジョビンの住んでいたアパート)やGarota de Ipanema辺りを散策し、近くの地下鉄の駅からセントロに向かった。






セントロのウルグアイアーナ駅から少し環境の悪い場所を歩いて、海辺にある「明日の美術館」を見学。明日の美術館は地球の環境問題や温暖化の問題を取り扱っていて、日本にはない素晴らしい展示だ。その後、歴史的建造物をいくつか見ながらセントロを歩き回り、いったん夕方4時にホテルに戻った。



夜、Uberタクシーでラパ地区のライブハウスCarioca da Gemaへ。早く着いたのでラバを散策し、前回来たときに入った大聖堂や水道橋も見ることができた。店は19時30分ちょうどに開店し、1時間半後にライブが開始した。若い演奏者たちによる伝統的なサンバで、知っている曲もだいぶあった。ライブが始まると店内は満員になり、スタンディングの若者たちが踊っている。



22時ごろコパカバーナまで帰り、ホテル近くのBip-Bipを覗いてみると、Roda de Choroが行われていた。若者が上手にショーロを演奏していて、店の外から大勢の人々が演奏を眺めている。



8月13日水曜
リオの郊外でグアナバラ湾の対岸にあるニテロイへの小旅行。10時過ぎにホテルを出発し、再びカタガーロ駅からフラメンゴへ。そこでレナ先生と落ちあい、セントロのカリオカ駅へ。そこから約10分歩いて15番広場からフェリーに乗る。船が走り出すと、リオの街の景色、コルコバードやポン・ジ・アスーカルが船の窓からよく見える。



約20分で船はニテロイのフェリー乗り場に着き、そこからUberで現代美術館へ。この美術館はオスカー・ニーマイヤーが設計したものとして有名だ。



そこから再びUberで、今回の旅行の目的の1つである、ジョアン・ジルベルトが眠る墓地Cemitério Parque da Colinaへ向かった。墓地に着くと、レナ先生が墓地の係員に、調べておいた区画番号がどこにあるかを尋ねてくれたため、わりと簡単にジョアンの墓を見つけることができた。墓前に手を合わせ追悼の言葉を述べた。
Sr.João Gilberto, eu vim do Japão. Já te encontrei três vezes em seus shows no Japão. Você mudou a minha vida. Estou feliz em conhecê-lo agora. Que você descanse em paz.
彼の曲Bim Bomをレナ先生と二人で歌うなどして、墓地を後にした。



夜は、いよいよBip-BipでのRoda de Bossanovaだ。夜8時、店に着くと既に数人の演奏者がいて、早速その演奏に加わった。やがてレナ先生もやってきて、それから先は、たくさんのボサノヴァをたくさんの人たちと一緒に目まぐるしく演奏し、自分の知らない曲はひたすら動画を撮った(注)。店内で立ち見している人も、外から眺めている大勢の人々も、みんな喜びを顔に溢れさせながら歌っている。こんな美しい演奏の光景は初めてだ。やはりブラジル音楽は素晴らしい。夜中の1時を過ぎてRoda de Bossanovaは終了。
(注)撮った動画はここに載せています。https://youtube.com/playlist?list=PLf3s7KPMG24sNBPSly7fBdHgdf541cY9R&si=kB_y06aBsDF2gWvv




Salvador da Bahia
8月14日木曜
朝8時50分の便でサルバドールへ飛んだ。サルバドール空港でメトロに乗り、電車を乗り継いでセントロのラパ駅へ。メトロのなかもラパ駅も黒人ばかりで混雑している。リオとは全く異なる光景で、ここはアフリカかと思われた。ホテルにチェックイン後、ボンフィン教会に向かった。教会に着いたときにはすでに夕方に近くなっていて、教会前の広場には良い風が吹いていた。教会の中ではミサが行われていて穏やかな時間を過ごすことができた。




ボンフィン教会の動画
https://youtu.be/ThfTQ9BQ4IY
次にセントロの歴史地区へ。すでに暗くなっていた中心部の広場でライブが始まり、ステージ脇のレストランのテラス席でバイーア料理ムケッカの一種「ボボ・カマラオン(エビ)」とカイピリーニャでライブを観覧。なかなかのパフォーマンスだったが、ステージの前にある投げ銭の箱にお金を入れてしまったのは間違いだった。男が近づいてきて、あれよあれよというまに腕に白い絵の具のボディーペインティングをされ、100レアルを巻き上げられてしまった。外国人観光客相手の押し売りだ。



サルバドール大聖堂






バイーアの夜の動画
https://youtu.be/_fWFB_A_Nlw
https://youtu.be/WNcbBwXQmFY
8月15日金曜
朝6時半に目が覚め、ホテルから南に海岸沿いをウォーキングしてバーハ灯台へ行った。同じようにウォーキングしている人たちで賑わっている。バーハ灯台近くのカフェで朝食をとり、海辺の景色を見ながら椰子の実ジュースを飲んだりしてホテルに戻った。




午後は再び歴史地区に出かけた。アフロブラジル博物館、バイーア音楽博物館、オロドゥンの家、ガンジーの息子たちの家、黒人教会など、石畳の町を散策し、昼食は料理学校が経営する食堂でビュッフェ形式のバイーア料理を食べた。夕方強い雨が降り出し、Uberでホテルに戻る。






8月16日土曜
朝、モデーロ市場までを約30分間歩いた。途中の公園で小さな猿コモン・モーセットに会う。9時にモデーロ市場が開いて、そこでお土産を見て回ったりした。12時にホテルを出発、サルバドール空港へ。ミナスジェライス州のベロリゾンチ空港に向けて、約2時間のフライト。




Ouro Preto,Minas Gerais
夜、あこがれのミナスへ到着、Uberでオウロ・プレットまで2時間、真っ暗な山の中を走った。かなり寒くて心細かったが、22時にオウロ・プレットのホテルに着いた。ホテルの部屋も寒く、追加の毛布を頼んだ。
8月17日日曜
ホテルの朝食はとてもいい感じで、特にポン・ジ・ケージョが絶品だった。朝食後、まずバスのターミナルまで歩き、翌日のベロリゾンチ行きバスの予約を済ませた。そこから石畳の町を歩いて、いくつかの教会と博物館などを見て回り、昼食はホテル近くの店で、ミナス風リゾットとカシャーサ、それにあとからレモネードを頼み、隣でピアノ演奏を聴きながら心地よい時間を過ごした。
ホテルで少し休んだ後、再び外出し、アレイジャジーニョの彫刻で有名な教会や町の外れの高台にある展望台へ行き、夕方ホテルに戻った。オウロ・プレットはどこも絵はがきのような美しい風景で、良い日曜日になった。









オウロ・プレットの動画
https://youtu.be/2M6NKJcraCg
8月18日月曜
朝、ホテルを出発し、バスでベロリゾンチの中心部まで約2時間の旅。ベロリゾンチのバスターミナルで空港バスのチケットを買うのに手間取ったが、無事に12時20分のバスに乗ることができ、コンフィンス空港に到着した。その後トラブルが発生。搭乗口付近で座っていたところ、空港のアナウンスで自分の名前が呼ばれていることに気がついた。なんだろうとびっくりして搭乗口のカウンターに行ってみると、自分が預けた荷物の中に古いスマホを入れていたことがわかる。一旦預けた荷物を開けてスマホを取り出す作業が必要になり焦ったが、空港係員の指示に従い、何とか走って搭乗口に戻ることができた。ギリギリの時間だったが、無事にサンパウロに向けて出発した。




São Paulo
サンパウロのコンゴーニャス空港に到着後、Uberでホテルの「ニッケイパレス」まで大都会の夜を走った。19時にホテルに到着し、すぐにホテルから歩いて2分の場所にある楠野さんの家に行った。静かな住宅街だ。楠野裕司さんは写真家・アートプロデューサーで、北海道生まれの83歳。若い頃は寺山修司との仕事をはじめ、パリやニューヨークに住み、1973年からサンパウロを拠点に、ブラジルや日本のさまざまな芸術関係のイベントを手掛けてきた人。2人でリベルダージの食堂へ行き、しばらくすると楠野さんの友達久保ルシオさんがやってきて3人で楽しい夕食になった。

8月19日火曜
午後、地下鉄でセ広場まで行き、大聖堂付近を散策し、その後リベルダージに戻る。






夕方楠野さんの家へ。そこから会食の場所であるレストランへ向かった。楠野さんは日本人や日系の人たちを7人集めてくれていて、その中にはブラジル音楽に関する著書で有名な坂尾英矩さんがいて驚いた。坂尾さんは94歳、ボサノヴァが生まれる前の1956年にブラジルに渡った方で、その頃の貴重な話をいろいろしてくれた。また、日系3世のボサノヴァ歌手Keissy Costaさんも呼んでくれていて、レストランでの会食後みんなで楠野さんの家に戻り、Keissyさんと演奏させていただいた。



8月20日水曜
午前中サンパウロ美術館へ行った。モネの企画展示があっていて、さらに常設展示室には有名な画家の教科書に出てくるような名画が透明なアクリル板のようなものに展示されていて壮観だった。




午後は再び楠野さんの家で、カレーライスをご馳走になる。その後、楠野さんの友達で日系3世のヒロミさんの車でムニシパウ市場へ連れて行ってもらった。車を路上に駐めて市場まで歩く途中、大きなビルの壁にジョアン・ジルベルトの絵が描かれてあった。巨大な市場の中で肉や魚、果物などいろいろな店を眺めた後、3人でビールを飲んだ。楠野さん宅に戻り2人と別れた。
夜、セ広場近くのCasa de Franciscaへライブを見に行ったが、このライブに行くにあたっては、前日に会食で会ったスズモリさんやヒロミさんからの忠告もあり、安全にかなり気を使った。






8月21日木曜
最終日。午前中、ホテル近くのブラジル日本移民史料館を見学に行った。見応えのある展示だ。




昼前にホテルをチェックアウトして、午後はイビラプエラ公園へ行き、日本館の前の池のほとりでゆったりした時間を過ごした。なんと桜が満開、サンパウロは春の始まりだった。
それから一旦ホテルに戻り、預けていた荷物を受け取り、リベルダージ駅から地下鉄でルース駅へ。ルース駅からはサンパウロ市内と郊外の都市を結ぶCPTMと言う電車でグアルーリョス国際空港へ。空港は巨大で、人も桁違いにいっぱいだ。チェックインまでの長い時間に夕食をとり、夜10時に搭乗口にたどり着いた。




振り返ると、今回の旅行は大冒険だった。いろいろ失敗はあったが、準備の甲斐あって、予定していた場所はほぼ行くことができたかなと思う。リオやサンパウロで充実した日々を過ごすことができたのは、レナ先生、楠野さん、そして二人を私に紹介してくれたわがボサノヴァ師匠、臼田道成さんのおかげだ。17年前の夏、コパカバーナのBip-Bipで彼に会ったことが、今回の旅の始まりになっている。(終)

